見えなくていいもの。結膜炎でのメガネ生活。

日常生活をしていて見えなくても良いことが見えてしまうことがあるとおもいませんか。

こちらは別に求めていないのに。目に入ってくるもの。生きていたら仕方ない。

例えば

・満員電車でのおじさんのイライラした顔。脂肪がたっぷりのおなか。汗。

・ちらっと見えてしまう他人のスマホ画面。

・道端に唾を吐きだす人。

想像しただけでも見たくない気持ちになりますが、電車で都心に通勤している私はいやでも毎朝のように目に入ってくる光景になります。

そんな中、結膜炎になりましたので、ぼやっとした視界で通勤をしてみることにしました。

普段は、コンタクトをつけていてばっちり1.2ぐらい見えていますが。

コンタクトを外すと視力検査の1番上

0.1すら見えません。相当目が悪く、薄型にしても牛乳瓶の底のメガネになります。😭

なので、結膜炎をきっかけにメガネ生活を数日間。

そして通勤時は見なくてもいいものを見ないためにメガネをはずして通勤してみました。

少し危険ですが。。

(道路の脇とかたまに嘔吐物やツバがあるし…犬のフンもあるかもしれないし…)

朝はなんだか快適だった。

通勤の道。余計なものが視界に入ってこないのでなんだか快適でした。

音楽を聴きながら歩き、音楽に集中。

視界がぼんやりしているため思考になんの影響も受けません笑

どれだけ日頃、目で見るものに影響をうけているかと改めて考えさせられる。

満員電車でくっつくおじさんの顔を見なくてもいいのも、快適。

まさに自分の世界。6年ほど通い続けた通勤経路。見えなくて困ることはありません。

興味のない電車の広告もぼんやりとしか見えないので気になりません。

電車内ではみんなスマホをいじっています。

私はかなり画面を近づけないと見えないためスマホもいじらずぼやけた景色を眺めていました。

視界にぼんやり映るおばさんは、私が外をぼけーっとみているのに気づき、何を見ているんだろうといわんばかりに私と窓の外を交互でみているような動きをしています。

(わたしのことはいいから手元のスマホに集中してくれ。私は何も見ていないんだ。)

と心で思いながらぼやっとした世界を眺めていました。

帰りは別世界。

帰りはあまりにも見えなくて少し危険だったので、近所だけメガネを外して歩きました。

全てがぼやけた丸でできていて、全ての灯りがぼんやりとした丸です。

とても綺麗な世界に見えました。

夜景とは違う、キラキラした世界🤩

どう表現したらいいのか…

↑アプリで作ってみたけどこんな感じの世界。

ちょっとした違いで日常から抜け出せた気分になれた数日間でした。

いまはもう、日常に戻りました(涙)

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