太ももの腫瘍の話 退院後の生活

リハビリですっかり歩く自信をつけていた私は考えがとても甘かった。

退院日は1週間ぶりにたくさん歩いた。

病院〜バスで駅、駅〜電車で最寄り駅、最寄り駅〜徒歩で自宅の3段階で帰ったが、病院〜バスで駅の段階で非常に疲れていた。

正直心の中ではもう少し入院してたらよかった…と後悔の気持ちもあった

 病院近くの駅についた頃には手術した方の脚が張っていて反対の脚や他の体で今まで使ったことのない筋肉を使い、どっとつかれていた。

そして、意外とエスカレーターが遠い駅があることも知った。

私は普段階段をつかっていたので、エスカレーターやエレベーターの箇所を把握していなかったのだ。

自宅最寄り駅~自宅までは、大体10分で行けるが、退院日は何分掛かるか数えて帰った。

普段10分で行ける道を歩くのに30分もかかった。

家についた頃には疲労がすごく、一刻も早く休みたいという気持ちだった。

人間は歩くことにこんなに体力を使うのか…と驚いた。

私は退院日翌日に仕事に行くと言ってしまっていたので、その日は早くねた。

翌日出社するためいつもよりだいぶ早く家を出た。やはり30分ほどかかって最寄り駅に到着する。

見慣れた満員電車。脚をカバーしながら満員電車に乗り込んだ。

誰も席を譲ってくれない、誰もかばってくれない。

優先席に乗っている人は見て見ぬふりか気持ちよさそうに眠っている。

脚が痛く涙がでた。乗り換えの駅で勝手に涙が出てきて辛かった。一息ついてから乗り換えをして電車に乗った。

会社の最寄り駅に降りたとき、エスカレーター、エレベーターの場所がわからず混乱…。

なんとかエレベーターを見つけ、坂道をのぼり会社にたどり着くことができた。

とてつもなく疲れたため翌日は駅からタクシーで行こうと誓う。

1日デスクワークをして、帰る頃にはむくみと痛みと筋肉痛でわけが分からなかった。

家についた頃には脚がパンパンに腫れ、ふくらはぎの方までむくみ、傷口近くは熱を持ち、不安な気持ちになった。

この生活を3日ほど続け土日に入る前に病院へ行った所「傷口が膿んでいないし、傷もそろそろ閉じてくるころ。順調に回復しているからたくさん歩いて良いよ」という許可をもらう。

「たくさん歩くのなんで無理…」と思い土日は家でゆっくりと休んだ。とにかく全身の筋肉痛と足の痛み、熱感がひどかったのだ。

傷口付近をアイスノンで冷やし、脚を休め、また月曜日を迎えた。

なんだか先週より回復していて筋肉痛もとれてきていた。

2日ほどして、松葉杖なしで歩けるようになっていた。

膝を曲げると痛みが来そうで怖かったが、曲げることができた。横を向いて寝られるようになっていた。

体の回復の速さを感じた。

まだ痛みがあるため、念の為松葉杖を使って通勤をしているが、相変わらず朝の満員電車で席は譲ってもらえない。

帰りの電車では何度か女性の方に席を譲ってもらえた。

そんな時バスでの移動が楽だということに気づいた。

体の不自由な方はこんなに、これ以上に大変な思いをしているのかと、恥ずかしながら同じ立場になって初めて実感した。

もし、自分が電車に乗っている時、バスに乗っている時に体が不自由な方やお年寄り、杖をついている方がいたらもれなく席を譲ることを心に誓った。

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